Tuesday, September 26, 2006

「731部隊―実像と虚像」講演録 15

スライド30
ここでは情報の独り歩きについて取り上げます。先のスライド29の写真もその要素が強いものです。スライド30の左側は、1999年11月29日付けの朝日新聞の記事の本文です。中国の郭さんという年配の研究者が、石井機関の生物兵器攻撃で中国人27万人が死亡と主張している、という記事です。スライドの右側は記事に付けられた2つのコメントです。最初の森さんは、「日本軍による細菌戦の歴史事実を明らかにする会」の会
員です。彼は、これまでに被害者1万人の名簿を出した、とコメントしています。もうひとつは僕のコメントで、被害者は多くても千人くらいではないのか、としています。

これの意味はどんなことかというと、ペストを中心に考えているかもしれません。ペストで27万人が確かに中国で死んでいるかもしれない。先ほど申し上げましたように、1910-11年には5万人が満洲で死んでいます。それからペスト菌の発見というのは、日清戦争の年でもある1894年、香港での流行においてです。香港での流行が日本にも来て、日本でもペストの死者が出ます。ですから中国の香港とか、満洲とか、中国はそういう意味でペストの汚染地域ですから、ペストで27万人が死んだというのは、それはそうかもしれません。ですけれども、それが全部人為的なものかどうかについては、僕は疑問に思っている。それを明らかにするのが、先ほど見たような、寧波で見たような、地道な疫学的調査です。そのデータの積み重ねで、これは人為的なもの、これはそうではない、という区分けをきちんとつけていく必要がある。さもないと、こういう過大評価、僕はこれも731部隊の虚像の一部分だと思う。こうしたことがまかり通っていくのではないかと思う。

スライド31
最後に、生物化学兵器が貧者の核兵器だというのは嘘だよと僕は言いたい。そのために用意したのがスライド31です。

実は僕も新聞などで生物兵器というのは貧者の核兵器と言われて、誰でも勝手に持つことができて、すぐに作れて怖いですよ、なんてことを言っていました。しかしそれらの威力は原爆と比べるとぜんぜん違う。

スライド31にあるように、原爆で人を殺傷するのは三通りある。放射線で殺すことがある。それから熱線で殺すことがある。それから建物ががらがらと崩れてきて柱が当たって死んだりする。原爆は三通りで人を殺す。そのうち、放射線の強さとヒトの被害を見てみます。熱線とか爆風による被害にはいろんなケースがあるのでその強さとヒトの被害との関係を定量化することは難しい。

広島原爆は今では原爆で一番小さなものですが、それで放射線でどれくらい人を殺すのだろうか。ある地域の放射線の濃度が一定水準を越えると、その地域の2人に1人が死ぬ。濃度が低くなれば、百人に1人くらいが死ぬことになる。

広島原爆の場合には半径1キロの円の中が、放射線の半数致死量の濃度(100人のうち50人が死亡する濃度)だと言われている。半径1キロメートルの面積は、だいたい3.14平方キロメートルになる。

一方サリンは、サリンというのは毒ガスの中ではかなり殺傷能力の高いものです。サリンを何十トンも弾頭の中に詰めることはしない。米軍のマニュアルなんかを読むと、通常55ガロン(230キログラム)のサリンを詰め込んだ弾頭を持ったミサイルを想定している。230キログラムのサリン弾頭が着弾したら、無風状態の場合には半径210メートルの円の外に出ろ、となっている。実際は風があるわけですが、無風状態でやると、半数致死量を超える面積というのは、0.14平方キロメートル。

広島原爆なみの放射線だけの被害を出すためには、サリンミサイルが何発必要かは、3.14平方キロを0.14平方キロで割れば数値的には出てくる。答えは22発いることになる。これは机上の計算であって、実際にやると、風や、晴れか曇りか、日中か夜かどうか、といった不確定な要素が非常に大きく、確定的なことは言えません。しかしこれは核と生物化学兵器とを比較する有効な目安だと思っています。さらに今後の検討課題として次のことがあります。数ミクロン単位の炭疽菌を空中にまけば、いつまでの空中を漂い、大きな被害を出すことが想定される。そして現在では、数ミクロン単位の炭疽菌を作り出すことは難しいことではなくなっている。

ミサイルを22発いっぺんに撃ち込める国が、或いは人が貧者だろうか。あるいは多弾頭ミサイルを持ちうる国や団体は貧者だろうかということがあります。

僕自身、そのように言っていましたが、今では「貧者の核兵器」というのは核大国の情報操作だろうと考えている。生物兵器禁止条約が1972年、それから化学兵器禁止条約が1993年に調印されます。英国がサリンガス、1940年にはもうできていたんですけれども、それより更に強いVXガスというのを1950年代に開発します。ところが、英国はVXガスの開発を全部米国に任せます。さらに生物兵器も化学兵器も、その開発を止めます。何故か。核兵器を持ったからです。核兵器を持った英国は、生物兵器も化学兵器も不要という判断をしました。

生物兵器禁止条約も化学兵器禁止条約もこうした背景の下、核大国の間での話し合いで成立します。その一方で、これら2つの条約のような、兵器を持つことも、貯蔵することも、もちろん使用することも禁じた核の条約はまだできていません。生物兵器や化学兵器の禁止条約の成立は核大国の都合であり、その一方で「貧者の核兵器」という情報操作をしていると、僕は考えています。これは核大国がまき散らしている生物兵器についての虚像です。

こういう計算をしてみて、僕自身が生物兵器は貧者の核兵器だなどと踊らされていて、情報操作に加担していたなあと反省しています。それとともに、やはり生物兵器や化学兵器禁止条約のようなきちんとした禁止条約を核についても作っていくということが必要なのだと思っています。

(7月22日の講演はここまでです。この後は質疑応答になります。)

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