Saturday, September 23, 2006

「731部隊―実像と虚像」講演録 12

スライド27

スライド27は戦後における米国が大きな役割を演じた731部隊・石井機関の虚像つくりのからくりについての話です。

この文書はですね、入手したのはずいぶん前なんです。1988年の8月31日だったかな。その時に米国公文書館でこれをコピーした目的のひとつは、GHQの参謀2部のチャールズ・ウィロビーの直筆のサインがあることなんです。もう一つは右側のページの、そのサインの左下に同封書類と書いてあります。同封書類というのは、フェルのレポートでした。僕自身欲しかったのはフェルのレポートだったんです。フェルのレポートとウィロビーのサインが欲しかったんです。

コピーをとった後、赤で囲んであるところをちゃんと読んでいない。赤で書いてあるところに何が書いてあるかというと、「フェル博士の報告書に含まれる情報は、15万円から20万円(現物給与、すなわち食糧配給を含めておよそ3000ドルから4,000ドル相当)で入手できました。ほんの僅かな出費です。」と書いてある。10万から20万、今のお金で言うと数千万円になると思います。そんなもんで貴重な情報を入手したというわけです。これがほんの僅かな出費かどうかは、意見が分かれるだろうが、今は立ち入らない。

ウィロビーによるフェルの調査結果についてのこの高い評価の意味を、その後の経過も含めて考えてみたい。ポイントは赤で囲んだ部分の後にあります。そこには次のように書かれています。

そのような支出は現在制限されています。フェル博士は彼の報告書の中で、細菌兵器研究に関する日本人からの完全な自白と共に、私たちが他の諜報目標についても等しく有用な情報を得ることができるかもしれないと述べています。
私は、軍事情報開発資金の使用に関する新しい制限のために、この人達に引き続き情報を暴露するように誘導することが難しくなると申し上げます。

この文書は、話が前後しますが、GHQの参謀2部という諜報部門の長から、S.J.チェンバリン少将という米国参謀本部の情報局長、いわばスパイの元締めですね、宛てです。つまり東京という出先のスパイの元締めから、ワシントンのスパイの元締めへの文書です。

文書の内容は引用した通りですが、その意味は次のようなことです。スパイの経費を削減しよう、使途をもっと厳格にしよう、勝手に湯水のように使うのを止めさせよう、減らそうとしているわけです。それに対してウィロビーは、そんなに減らされてしまえば、情報作戦で我々は遅れをとる。これは情報機関にとって自殺行為である。資金を潤沢に使え、いろんなものを、金品を提供することによってこのフェル博士のレポートも生まれたんだいうのがこの提案です。

話を整理しましょう。これまで石井機関・731部隊の人体実験などのデータは戦犯免責と引き換えで米国に渡された、と言われてきました。僕もこの文書をきちんと読むまではそう思っていました。ところがこの文書を読むと戦犯免責どころか、人体実験のデータを提供した先ほどの東大の小島やなんかも含めて、彼らに身の危険は迫っておらず、逆に人体実験の資料を使って経済的利益を得ていた、ということが明らかになった。

米国の学者にとって人体実験のデータをお金で買うというのは不思議なことでもなんでもないのだと思います。この中にも広島、長崎で被爆した方もおられるかも知れませんが、広島・長崎の原爆傷害調査委員会(ABCC)、現在は放射線影響研究所(RERF)は日米で予算を半分ずつ出し合って運営し、原爆被害者たちの健康調査をやっています。それほど大変なお金ではないですけれども、被爆者が来るたびにお車代とかお弁当代とかいろいろ現実にお金を払っているんです。ですから彼らも被爆データをとるたびにお金を払っている。ですから人体実験のデータとるためにお金を払うということは、米国人のセンスとしてはまったく当たり前のことで、それを731部隊でもやったのかなと、こんなことも考えたりする。

さてウィロビーの評価、フェルの調査結果はすごいという評価ですが、フェル自身は自分が入手した人体実験のデータについて次のように考えていました。

人体について得られた結果はいささか断片的である。それは統計的に有意味なほどの十分な数の被験者が得られなかったためだ。しかし、いくつかの病気、特に炭疽、については数年間にわたり数百人について研究が行われたようだ。…人体実験のデータは、われわれおよび連合国が動物について持っているデータと対比した時、有効性が確認できるだろう。病理学的研究およびその他のヒトの病気についての情報は、炭疽、ペスト、それに鼻疽について本当に有効なワクチンを開発しようとしているわれわれにとって大いに役立つだろう。

必ず役立つ、といった断定的なことは言っていない。人骨(ほね)鑑定の佐倉先生もそうですが、断定的なことはまずおっしゃらない。そういう可能性が高いとか、きわめて限定的な言い方をします。ですから、「役に立つだろう」という言い方は科学者特有の言い方かもしれない。少なくともウィロビーみたいに絶賛するようなことはフェルは言っていません。むしろかなり距離を置いた見方をしています。

ウィロビーのこうした見方、情報予算を引き出すための高い評価=情報操作、が米軍の中で、それからそれが巡り巡って日本の中で、731部隊についてのデータの過大評価、虚像というのができたのではないかと思う。

その一方で、実際に最初に731部隊関係者を尋問した時は人体実験を暴露できませんでした。1946年末のソ連の通告で人体実験が暴露された後は、そのデータをお金で買い取っているわけです。米側の調査官の実力というのも内藤良一などに比べたら、たいしたことないのだろう。答えるほうは聞くほうの能力に応じて答え方を変えているわけです。そういう意味で言うと石井機関で、本当のところはどのくらいのことをやっていたのかは、分からない。飽きたから止めるのだとか言ったんですが、もう少し考えないといけないかなあ、そうすると虚像をもう少し膨らませて、731部隊というのはすごいんだと言わなきゃいけないかなあと思っているところです。

0 Comments:

Post a Comment

<< Home